先生の仕事は、授業だけではできていない
教育実習生に見てほしい、先生の1日は「授業の外」にある
寿司職人の仕事は、寿司を握っている時間だけではありません。
開店前の仕込みがあり、魚の目利きがあり、道具の手入れがあり、店の空気を整える時間があります。
会社員の仕事も、会議で話している時間だけではありません。
資料を読み、根回しをし、メールを返し、次の一手を考える時間があります。
どの仕事にも、外からは見えにくい仕事があります。
教師も同じです。
先生の仕事は、授業をしている時間だけではできていません。
むしろ、教育実習生に見てほしいのは、授業そのものだけではなく、授業と授業の間に先生が何を見て、何を判断し、どう動いているのかという部分です。
この時期、教育実習をしている学校も多いと思います。
だから今日は、教師の1日を少し具体的に書いてみます。
朝は、1時間目の前から始まっている
私の場合、朝は8時前に出勤します。
まずするのは、児童の欠席チェックです。
その後、学年の先生と今日の軽い打ち合わせをします。
「今日はこの予定でいきましょう」
「この子の様子を少し見ておきましょう」
「この時間は少し変更がありますね」
そうした確認をしてから、教室へ向かいます。
8時半になれば、その日課に関係する帯活動が始まります。
読書。
国語。
算数。
15分間程度の短い活動です。
でも、この15分も、ただ子どもを座らせておけばよい時間ではありません。
子どもが落ち着いているか。
朝から表情が沈んでいる子はいないか。
忘れ物で困っている子はいないか。
友達との関係で何か起きていないか。
朝の教室には、その日の学級の空気が出ます。
1時間目が始まる前から、先生の仕事はすでに始まっている。
教育実習で授業を参観すると、どうしても授業中の先生の動きに目が向きます。
でも、その授業が始まる前に、先生はすでに子どもを見ています。
朝の表情。
持ち物。
友達との距離感。
教室に入ってくるときの様子。
そうした小さな変化を見ながら、その日の関わり方を少しずつ調整しています。
教育現場の1日は、チャイムが鳴ってから始まるわけではありません。
空き時間は、空いている時間ではない
そこから、1時間目から6時間目まで授業が続きます。
もちろん、日によって時間割は違います。
行事もあります。
短縮日課もあります。
専科の授業もあります。
ただ、基本的には、子どもたちが学校にいる時間の多くは授業です。
私は今、3年生を担任しています。
3年生だと、週に21コマほど授業があります。
週の授業時数で考えると、空き時間は3コマ分ほどです。
つまり、1日に1コマ空き時間があるかどうか。
「空き時間」と聞くと、少し余裕があるように思われるかもしれません。
でも、現場感覚で言えば、空き時間は休憩時間ではありません。
教材を作る。
プリントを印刷する。
週のお知らせを作る。
ノートを見る。
提出物を確認する。
保護者への連絡を考える。
明日の準備をする。
学年の予定を確認する。
それだけではありません。
空いている時間に、不測の事態が起きれば、出動することもあります。
子ども同士のトラブル。
体調不良。
別室対応。
急な連絡。
学年や学校全体での対応。
私も17年目になりました。
だから、こうした不測の事態で動くことも、もう普通のことです。
若い頃は、自分の学級のことで精一杯でした。
でも年数が上がってくると、自分の学級だけを見ていればよいわけではなくなります。
学年を見る。
学校を見る。
必要なときに動く。
そういう役割も増えていきます。
空き時間は、空いている時間ではない。
次に備える時間であり、何か起きたときに動くための時間でもある。
教育実習生には、ここを見てほしいと思います。
先生が職員室にいるからといって、休んでいるわけではありません。
給食も掃除も、指導の時間である
そして、ここも誤解されやすいところです。
給食も掃除も、教師にとっては空き時間ではありません。
給食は、ただ一緒に食べる時間ではありません。
配膳の様子を見る。
安全面を見る。
食べる量を見る。
苦手なものとの向き合い方を見る。
友達との関わりを見る。
片付け方を見る。
給食には、子どもの姿がよく出ます。
掃除も同じです。
きちんと取り組んでいるか。
困っている子はいないか。
役割が偏っていないか。
雑になっていないか。
友達とのトラブルが起きていないか。
掃除の時間にも、指導することがあります。
見届けることがあります。
声をかけることがあります。
つまり、給食も掃除も、子どもを育てる時間です。
先生の仕事は、チャイムが鳴ったら終わるものではない。
授業以外の時間にも、子どもを見て、関わり、育てている。
ここを見落とすと、教育現場の忙しさは見えてきません。
昼休みを、本当の休憩だと思ったことはあまりない
給食と掃除が終わると、昼休みになります。
制度上は、ここが休憩時間に近い扱いになるのかもしれません。
でも、正直に言うと、昼休みを本当の意味で休憩時間だと思ったことはあまりありません。
だいたい、子どもと遊んでいます。
子どもと話しています。
気になる子の様子を見ています。
トラブルがあれば対応します。
教室で過ごしている子に声をかけます。
もちろん、職員室で少し落ち着く日もあります。
でも、毎日ゆっくり休めるわけではありません。
子どもと遊ぶことは楽しいです。
子どもと話す時間も大切です。
でも、それは完全な休憩とは少し違います。
子どもと関わりながら、先生はやっぱりどこかで見ています。
この子は今日は元気そうだな。
あの子は少し表情が硬いな。
この二人は最近よく一緒にいるな。
あのグループは少し気をつけて見た方がいいな。
昼休みも、子どもを見取る大切な時間です。
子どもと遊びながら、先生はやっぱりどこかで見ている。
教育実習生には、昼休みの先生の動きも見てほしいと思います。
先生が子どもと一緒に遊んでいるとき、ただ楽しんでいるだけではないことがあります。
もちろん、本気で楽しんでいます。
でも同時に、子どもの関係性や表情や変化も見ています。
そこにも、教師の仕事があります。
放課後に、ようやく自分の仕事が始まる感覚がある
授業が終わります。
子どもたちが帰ります。
では、そこで仕事が終わるのか。
もちろん、終わりません。
会議があります。
研修があります。
学年の打ち合わせがあります。
保護者対応があります。
記録があります。
明日の準備があります。
教材研究があります。
ただ、教材研究する時間がどれくらいあるかと言われると、正直、10分あるかどうかという日もあります。
「授業の準備をしっかりしましょう」
これはその通りです。
でも、現場では、そのためのまとまった時間が簡単には取れません。
朝から授業をして、給食を見て、掃除を見て、休み時間も子どもと関わって、放課後は会議や研修。
そういう一日の中で、教材研究の時間をどう生み出すのか。
これは、教師にとってかなり大きな課題です。
授業が終わったあとに、ようやく明日の授業の準備が始まる日もある。
教育実習生は、授業後の先生の姿を見る機会が少ないかもしれません。
でも、実はそこにも教師の仕事が詰まっています。
子どもが帰ったあとに、明日の授業を考える。
今日のトラブルを振り返る。
保護者への連絡をする。
学年で相談する。
次の日の準備をする。
放課後は、終わりの時間であると同時に、次の日をつくる時間でもあります。
定時で帰るには、すき間時間をどう使うかが大事になる
だから、定時で帰るためには、まとまった時間を待っていては難しいです。
少しずつ空いている3分。
ふとできた5分。
授業と授業の間のわずかな時間。
職員室に戻った一瞬。
会議が始まる前の数分。
そこで何ができるかを、常に考えて実行していく必要があります。
3分あれば、連絡帳を数冊見られる。
5分あれば、明日のプリントを印刷できる。
10分あれば、授業の流れをメモできる。
すき間時間で、週のお知らせの見出しだけでも作れる。
こういう小さな積み重ねで、放課後の自分を助けることになります。
仕事が速い先生は、まとまった時間を待っていない。
ただ、これは若手にはかなり難しいです。
何を先にやればいいのか。
どれくらい時間をかければいいのか。
今やるべきことと、後でよいことの区別をどうつけるのか。
最初から分かるわけがありません。
だから、プリントがたまります。
ノートがたまります。
連絡帳がたまります。
教材研究が後ろにずれていきます。
それは、若い先生が怠けているからではありません。
学校の仕事には、見えにくい判断が多すぎるのです。
だからこそ、若い先生には「空いた時間に頑張れ」と言うだけでは足りません。
どの仕事を先にするのか。
どれは今やるべきなのか。
どれは後でもよいのか。
どこまでやれば十分なのか。
そうした仕事の優先順位も、経験の中で少しずつ学んでいくものです。
「早く帰る」だけを目的にすると、見えなくなるものもある
働き方改革は大切です。
無理を続けてはいけません。
体を壊してはいけません。
心を削り続けてはいけません。
帰らなければいけない事情があるなら、帰った方がいいです。
家庭の事情もあります。
体調もあります。
その日の限界もあります。
ただ、私はこうも思っています。
定時で帰ることだけが、仕事のゴールになってしまってよいのか。
もちろん、早く帰れるなら、それはよいことです。
でも、やるべき仕事が終わっていない。
明日の授業の準備ができていない。
子どものノートを見られていない。
必要な連絡ができていない。
その状態で「時間だから帰る」だけになると、次の日に苦しくなるのは自分です。
そして、その影響を受けるのは、目の前の子どもたちです。
だから私は、早く帰ることそのものよりも、
必要な仕事を、どう終わらせるか。
そのために、自分の仕事の進め方をどう磨くか。
ここが大切だと思っています。
これは、「遅くまで残ることが偉い」という話ではありません。
長時間働けばよいわけではない。
根性で何とかすればよいわけでもない。
若いうちは苦労して当然、と言いたいわけでもない。
むしろ逆です。
限られた時間の中で、どう仕事を進めるか。
何を減らし、何を残すか。
どこに時間をかけるか。
どこを仕組みにするか。
そこを考え続けることが、教師にも必要なのだと思います。
忙しさを、個人の努力だけで片づけてはいけない
ただし、この話を根性論で終わらせたくはありません。
「先生なんだから頑張れ」
「若いうちは遅くまで残って当然」
「仕事が終わらないのは力不足」
そう言いたいわけではありません。
現場の忙しさを、個人の努力だけで片づけてはいけないと思っています。
学校の仕組みとして、仕事量が多い。
担任に求められることが多い。
授業以外の時間にも指導がある。
若手を育てる余裕が学校全体に少ない。
教材研究の時間が十分に確保されていない。
これは、明らかに構造の問題でもあります。
でも一方で、現場に立つ以上、自分の仕事の進め方を磨く必要もあります。
この両方を見たいのです。
構造の問題は、構造の問題として考える。
そのうえで、自分の仕事の進め方も磨いていく。
どちらか片方だけでは、たぶん現場はよくなりません。
「全部、個人の努力で何とかしろ」では苦しくなります。
でも、「仕組みが悪いから、自分は何も変えなくていい」でも、目の前の仕事は進みません。
現場の忙しさを正しく見つめること。
そのうえで、自分にできる工夫を積み重ねること。
私は、その両方が必要だと思っています。
教育実習生に見てほしいのは、先生の「時間の使い方」
教育実習生に伝えたいのは、先生の仕事は「授業をする人」だけではないということです。
朝の確認。
学年との打ち合わせ。
帯活動の見届け。
1時間目から6時間目までの授業。
給食の指導。
掃除の指導。
休み時間の関わり。
空き時間での準備。
不測の事態への対応。
放課後の会議や研修。
教材研究。
明日の準備。
その全部が、教室を支えています。
そして、その全部を最初から上手にできる先生はいません。
だからこそ、教育実習では、授業だけを見て終わらないでほしい。
先生が一日の中で何を見ているのか。
どの時間に何をしているのか。
何を優先しているのか。
どうやって仕事を進めているのか。
子どもと関わりながら、何を判断しているのか。
そこを見てほしいのです。
授業を見ることは、もちろん大切です。
でも、授業だけを見ると、教師の仕事の一部しか見えません。
教育現場のリアルは、授業中だけではなく、授業と授業の間にもあります。
教育現場のリアルは、授業と授業の間にある
教育現場は、授業だけでできていません。
むしろ、授業と授業の間にこそ、先生の仕事が詰まっています。
朝の数分。
休み時間の一言。
給食中の見取り。
掃除中の声かけ。
空き時間の判断。
放課後の10分。
そういう小さな時間の積み重ねで、教室は動いています。
教育実習生には、そのリアルを見てほしい。
先生の仕事の大変さだけでなく、その中にある面白さも見てほしい。
子どものために時間を使う。
明日の授業のために準備する。
少しでもよい教室にしようと工夫する。
失敗しながら、少しずつ仕事の進め方を覚えていく。
それが、教育現場の日常です。
先生の1日は、授業だけではできていない。
そのことを、教育実習のうちに少しでも感じてもらえたらと思います。










超ブラック🐦⬛
僕の勤務しているしている高校も明日より教育実習の学生さんがやってきます。この教師=ブラックが知れ渡ってしまった今の時代に、教育に興味を持ち夢を持って取り組んでくれることに敬意を示しつつも、子供の頃からの思いとか、成功体験の思い込みで教師を選んで結果ミスマッチにならないように、泥臭いエッセンシャルワーカー的な仕事も見てやってもらって学んで欲しいですね。
「先生の仕事は授業だけではできていない」その通りですね。
考えるきっかけをいつもありがとうございます。